2025.06.22
こんにちは、WërkのHIROMIです。
そういえば、これまで自分自身についての紹介をするということをあまりしてこなかったので、今さらとなりますが、あらためて自己紹介をさせていただきます。…わりと赤裸々に語ります笑。
(この記事は2024年8月4日に書いた内容を大きくリライトしています)

1979年生まれの未年、血液型はO型(14歳位まで血液型不明、A型の父親似だからという理由で勝手にA型だと思い込んで生きていたので、A型寄りのO型です笑)、現在は千葉県千葉市で夫と猫2匹と暮らしています。
好きな食べ物は炙りサーモン(炙りたらこも)、好きなお菓子はお煎餅(最近は賛否両論笠原シェフ監修のゆず胡椒せん)・板チョコアイス・不二家のショートケーキです。
好きな音楽のジャンルはオルタナティブロック・クラシック、好きなミュージシャンはRadiohead・RHCP・Björk他多数、好きな音楽家はベートーヴェン・すぎやまこういち先生、好きな映画俳優はゲイリー・オールドマンです。
好きなイラストレーターは宇野亜喜良さん、好きな漫画家は鳥山明先生です。
身近にいる多くの方は、わたしがもともと美容師をしていたということを知っています。
でも、はじめましての方はもちろんご存知ないと思いますし、そもそも美容師になる過程をあんまり人に話したことがないですし、せっかくなので、まずはそんなあたりから“自分史”的なことを詳しく綴っていきたいと思います。
千葉市内の小学校・中学校を経て、千葉県立幕張西高等学校に入学し、(3年生の時に合併したので)幕張総合高等学校を卒業後、実はちょっとだけ英文科の短大生になったことがあります。
もともと英語の勉強が好きだったし、当時ハマっていた音楽や映画の影響で、イギリスへの海外留学を夢見ていたこともあり、高校時代はなんとなく漠然と「英語を使う仕事に就きたいなー」と思っていました。
高校3年生の秋に、めでたく短大への推薦入学が決まり、一足お先に受験勉強から解放されたわたしは、そこから一気にオシャレしたい願望が覚醒しました笑。
ファッション雑誌を読み漁り、古着屋へ通い、美容室へ通い…と、自分のやりたいことを好きなだけやるっていう、とても充実した楽しい時間を過ごしていました。特に、自分や友達のヘアアレンジしたりメイクをしたりするのが、楽しくて堪らなかったのです。
そうこうしているうちにふと、「わたしってこういう分野のほうが好きなんじゃないか?」という想いが生じ、“美容師”という職業にほんのり心を奪われはじめていました。
でも、もう春から短大に通うことが決まっちゃっているし、卒業してからでも遅くないかなと、その時はやりたいエネルギーを押し殺して短大に入学します。
しかし入学して間もなく、わたしの性格でもある「一度コレと決めたら今すぐにやりたい病」が発症…。短大生ライフ自体はわりと楽しかったのですが、それ以上に今すぐやりたい病が強烈すぎて、毎日色々な発作を起こしていました笑。
この時あきらかに、将来目指したい方向性が大きく変わってしまっていたのです。
ある日、そんなわたしを見るに見かねた母がサラッと、「じゃあ、もう短大辞めちゃえば?」と言ってくれたおかげで、心のモヤモヤが一気に晴れたあの感情を、今でもわりと鮮明に覚えています。
そこで意を決して、1年生の前期が終了するタイミングで、短大を中退することにしました。
その翌月、運良く美容学校の通信科がスタートするという時期だったので、迷わず即入学。(無駄のない人生…!)
そしてさらに翌月、地元なら絶対ここで働きたいと思っていた美容室で、今まさに採用研修が行われているという情報を聞きつけ即面接希望。(続・無駄のない人生…!)
先に進んでいる研修生達に追いつけるんだったら…ということで、無事採用研修を受けさせていただくことになりました。
ちなみにその時のわたしは、先月美容学校通信科に入学したばかりの、完全なるド素人です。
つまりその素人が、現役バリバリの美容学生と張り合うという、今考えたら無謀とも取れる状況に自ら飛び込んでいきました。これも「一度コレと決めたら今すぐにやりたい病」のおかげだと思います笑。
そして「何としてでも絶対に追いついてやる!」と決意し、自分でもびっくりするくらいの爆発的な集中力を発揮して、数ヶ月後の採用試験ギリギリのタイミングで、本当に追いついてしまいました…!
その気力と熱意と努力が認められ、無事に採用が決まり、19歳の春から美容師としての人生をスタートさせることができたのです。
なぜか美容師のイメージが強いわたしですが、実際に美容師をしていたのって、19歳〜26歳の7年間だけなんですよね…しかも、実はその間に数ヶ月辞めて出戻りもしているので、7年にも満たないんです笑。
でもその7年間は、人生のなかで非常に濃厚な時間であったことは、間違いありません。
美容師を目指した当時の地元千葉には、雑誌とかで見かけるような、いわゆる「オシャレな美容室」っていうのがほとんどありませんでした。
かといって、都内のサロンに就職するのもしっくりこない…そんななかでわたしが就職したその美容室は、都内の人気サロンにも引け目を取らない程のオシャレなサロンだったと思います。
入社1年目の時に、CUTIEとかZipper系の個性派雑誌に掲載することが決まり、これもまた、千葉の美容室が全国誌に載るなんてことがなかった時代なので笑、それはそれは毎日のように、雑誌を見てご来店されたお客さまで満席状態という日々でした。
雑誌の系統的に、高校生や大学生・専門学生の若い層にご来店いただくことが多く、そうなると必然的に、ベテランの美容師さんよりも、ジュニアスタイリスト(歴は浅いが若手のスタッフ)のほうがお客さまのご希望に寄り添えるんですよね。
それを即座に察知したオーナーは、わりと早い段階で、私たち1年目のアシスタント数名を、2年目ですぐにスタイリストデビューさせるという計画を発表しました。しかも、毎日たくさんのご新規で満席状態だったので、新店舗をオープンさせてそちらでデビューさせるという計画で。…当時のオーナーは、物凄い策略家だったなぁ笑。
ちなみに美容室業界の一般的な常識だと、当時は4〜5年の下積み期間を経てスタイリストになるというのが普通だったのですが、そんな普通じゃない事態に、当時のわたしはまったく臆することなく、むしろワクワクでいっぱいでした笑。
新店舗がオープンするまでの1ヶ月くらい、わたしを含めた異動メンバーは、日中にインテリアや必需品の買い出しをしたり、オープンの準備をしたり、その後ちょっと仮眠してから、サロン営業終了後に出勤して、夜間〜早朝にモデルを使った実践練習をするという、今の時代では考えられない超過酷なスケジュールで生活をしていました。
もともと体力のないわたしは疲労困憊の毎日、それでも楽しさのほうが勝っていたかな…若さもあると思いますが笑。
そんなこんなで千葉に2店舗目のサロンをオープン、当初の戦略通り8〜9割が学生という「若者向けサロン」が誕生し、毎日楽しい美容師ライフを過ごすこととなります。
しかし楽しさの反面、もちろん大変なこともたくさんありました。
技術の相談ができるベテランの先輩がいつも近くにいるわけじゃないから、突然困ったことが起きても、まずは自分で解決するしかない。
否応なしにどんどん次の後輩が入社してくるから、先輩・上司としての心構えや振る舞いを、今すぐに身につけなきゃいけない。
そんな、これまでの人生で体験したことのない“プレッシャー”を感じたのも、おそらくこの時が初めてだったかもしれません。
でもこの経験が、わたしにとってはものすごく宝物で、このマインドセットが、キャリアチェンジした時に一番役立ったスキルだと思います。
そして、気づけばあっという間に自分が最も上の立場になり、たくさんのお客さまや仲間たちに恵まれて、濃厚な美容師人生を駆け抜けました。
当時は美容師としての時間にほとんどの命を注ぎ込んでいたので、そりゃあ濃厚な7年になりますよね笑。
そんなわたしですが、20代半ばで美容師のキャリアを退くことになります。
はじめは美容師のキャリアアップの一環として、昔夢見たイギリス留学を実現しようと考え、それを理由に美容室を退社しました。(諸事情あって結局行かなかったんですが汗)
でも実は正直なところ、それは程の良い言い訳に過ぎませんでした。今だから言えますが、とにかく毎日突っ走りすぎて、命を注ぎすぎて疲れてしまったというのが本音です。
※最近自己分析をして改めて気づいたことなのですが、わたしはとにかく全力投球しがちで完璧主義な傾向があります。だから疲弊するのが早い。この特徴を直していかなきゃなのですが汗。
美容師(当時の)は華やかに見えて過酷な仕事で、早朝から深夜まで働くのが当たり前だった時代というのもあって、勤務時間や休暇がきちんと決まっている仕事にやたら憧れを抱いていました笑。
その後、友人の勧めもあり、自分も興味があったアパレル業界に3年ほど身を置くことになります。
ここでは、はじめての「大きな組織で販売員」という経験をします。
先にお伝えすると、これはわたしに全く向いていませんでした笑。
大きな組織ゆえに、労働環境はとても良く、憧れていた「勤務時間や休暇がきちんと決まっている仕事」ができて、最初はウキウキでした。
しかし大きな組織ゆえに、だんだんと「自分の美学や倫理観(※)」が制限されることに、窮屈さを感じ始めてきたのです。
※疲弊するけど心から楽しんで仕事をすることとか、常に自分の考えを発信することとか…
“大きな組織”をいくつも経験したわけではないので、探せば合うところがあったのかもしれませんが、その時に身を置いていた“大きな組織”は、わたしには合わなかったのです。(アパレル販売のお仕事自体はわりと楽しかったのですが)
今思えばこのアパレル時代は、これまでずっとスムーズに突っ走ってきた人生に、少しブレーキがかかる瞬間だったかもしれません。
と同時に、自分に向き・不向きがあるということも、この時はじめてちゃんと知ったかもしれません。
前職の美容室を退社してから3年が経過する頃、当時の美容室オーナーと久しぶりに食事をする機会があり、なんとなく自分の今の現状を話したりしているうちに、「美容室の裏方」として再び出戻らないかと打診されました笑。
さすがに2度目の出戻りは気が引けたし、当時美容師として一緒に働いていたスタッフも数名しかいないし、美容師じゃない仕事で寛容に受け入れてもらえるのかも不安だし…
など色々考えましたが、単純に「自分が必要とされていること」が嬉しくて、2度目の出戻りを決意しました。
ちなみにこの頃、インターネットの需要が拡大し、ケータイでホームページやブログなどがよく見られるようになってきた時代です。
美容室のお客さまとも、電話だけでなくメールでもコミュニケーションが行われるようになり(懐かしいですね笑)、裏方として出戻ったわたしに課せられた最初の仕事は、そのWeb周りの管理・顧客対応全般、そして広告やプロモーション活動など、つまり広報担当者ってことです。
ところで、ずっと接客業をしてきた人が、いきなりデスクワーカーになってるけど大丈夫?と思われた方がいるかもしれません笑。
実はこの時、年齢としてはアラサーを迎える頃になっており、もともと体力に自信のないわたしは、美容師はおろか「立ち仕事」自体が困難になっていました。
だからちょうど、PCを使って座ってできるような仕事にキャリアチェンジしたいと考えている時期でもあったのです。
やってみると意外にもデスクワークが向いており、PC操作も昔からわりと好きだったし、ひとりでコツコツと何かをやることに関しては、まったく苦痛に感じない性質なので、全然大丈夫でした。というか、むしろこちらのほうが合っていました笑。
過去に培った美容師としてのキャリアも、きちんと反映できて活かされる仕事。しかも、アパレル時代に窮屈に感じた、自分の美学や倫理観の制限がないという理想的な場所で。
今まで転職を繰り返してしまったことが、どこか後ろめたさを感じる時期もありましたが、今までの経験を活かして誰かの役に立てるなら、それは素晴らしいことだと思い直し、とにかく毎日全力で仕事に取り組みました。
広報担当者としての業務には、月例の「ホームページ更新作業」という仕事も含まれていました。
もちろん当時のわたしには、Web制作の知識や技術などなかったので、美容室のホームページはオーナーのご友人が作成をしてくださっていました。
そのご友人は、今思えばコーダーやプログラマー寄りの方だったので、はじめから「デザインはあんまり得意じゃないよ」とおっしゃっていました。
だから最初の頃は、テキストや画像の差し替えを依頼する程度だったのですが、やっぱりそのうちにだんだん「見た目(デザイン)」が気になりだしてしまい、ここのデザインを変えたい、もっとイケてる感じにしたいと言い出してしまいました笑。
しかし「デザインはあんまり得意じゃないよ」とおっしゃっていたご友人ですので、わたしの願望をうまく伝えることができず…。
<言葉で伝えるのが難しいから、ならば自分で作ってみよう>
これが、はじめてデザインの世界と出会った瞬間です。
そんなきっかけがあって、はじめはホームページビルダー(今で言うノーコードの走りみたいなもの)のソフトを購入し、イケてるWebサイトを参考にしながら、見よう見まねでデザインをしてみました。
この時、デザインが楽しすぎて超時間没頭し続け、昔美容師を目指して採用研修を受けていた頃のような、爆発的な集中力を発揮していたと記憶しています。
こうして出来上がった初めてのWebデザインは、そもそもご友人にイメージを伝えるために作成したものだったのですが、何ならこのまま世に公開させようということになり、いきなりデビューです笑。
そしていつの間やら、デザイン・コンテンツの企画や更新まで、全てわたしひとりで任されるようになっていました。
毎月自分のデザインに向き合っていると、今度はだんだんとホームページビルダー特有の「素人感」が気になりはじめました笑。
そもそも自分の趣味でやっているわけではなく、美容室の“顔”として公開しているホームページなので、もっとしっかり知識と技術を身に付けて、もっともっと洗練させたい。
そんな想いで、ここからいよいよWeb制作やWebデザインについてを、本格的に独学しはじめることになります。
ちなみに、じゃあなぜ今、グラフィックデザインやロゴデザインもできるようになっているのかというと…
これも最初は、オーナーの無茶振りからでした笑。
わりと勘違いされがちなのですが、「Webデザインができるんだったら他のデザインもできるでしょ」という、Webデザイナーが言われるあるあるです笑。
実は同じデザインでも、基本的に使う“頭”が全然違うんです。(共通することももちろんありますが)
だから世の中の、Webもグラフィックも両方できますよというデザイナーさんは、それぞれ違う勉強をされているということなのです。(たぶんおそらく笑)
というわけでわたしは、そんな無茶振りにも対応すべく、グラフィックデザインも同時に勉強することになったのです。
ありがたいことに、当時はそのオーナーのご友人だったり、もともとデザイン周りをお任せしていた外部のデザイナーさんがいてくれたおかげで、独学とは言えど、アドバイス的なものはたくさんいただいてました。もう本当に、このお二方には感謝しかないです。
こうして日々の実践を伴うデザイン修行を積み重ねた結果、気がつけばいつの間にか、美容室広報兼インハウスデザイナーという肩書きに変わっていました。
ここまでご覧いただいた皆さま、覚えておられますでしょうか?
裏方として出戻ったわたしが最初に課せられた仕事は、Web周りの管理・顧客対応全般、広告やプロモーション活動などの広報担当だったということを。
そこから数年が経ち、裏方だったはずの仕事が、もはや裏方ではなくなってきました笑。
いよいよ所属する美容室だけではなく、外部クライアントに向けてデザインの仕事を展開していこうという流れになっていくのです。
というのも、美容室のヘアスタイル撮影のためにカメラを握っていたオーナーが、本格的にカメラマンとして外部活動をしだし、写真にはデザイン有りきということで、突然その流れになりました笑。
はじめのうちは、オーナーの写真有りきでデザイン制作を受注していたのですが、だんだんそれとは関係なく、建設会社さんや飲食店、個人で活動する作家さんやアーティストなどからデザインの発注をいただくようになっていきます。
一応会社に所属はしているものの、デザイン部署はわたしひとりだったので、プロジェクト管理から工数や報酬の決定など、Web制作会社ならディレクターが行なうような業務も、必然的にすべてひとりで行なっていました。
その後の数年間はそんな感じで、美容室広報とデザイナーという二足のわらじで、ひたすら仕事をしてきました。
しかし、会社の経営的な事情(ここは自分のことではないので説明は省略します)で、美容師という立場でないわたしは、会社の所属を抜けて個人で活動したほうが良いのではないか?と判断する時が訪れました。
会社を抜けて、今とこれからの自分にできることは「デザインの仕事で誰かの役に立つこと」だけ…。
多少の不安はありつつも、ここでフリーランスデザイナーとしての独立を決意することになります。
さて…
ここまでお読みいただいて、気づかれた方がいるかもしれませんが、実はデザインのお仕事は「これがやりたい」と思ってはじめたことではなくて、いつの間にかそうなっていたお仕事なのです。
でも結局なんだかんだで15年以上、わたしのキャリアでは一番長い時間を占め、これからもずっと続けていくお仕事になりそうです。
「なりたかったもの」や「やりたかったこと」は、残念ながら生涯の仕事として実を結ぶことはなかったけれど、その代わり「いつの間にか自然にやっていたこと」が本当の生業になった。
最近、「商い」の本質は「飽きない」ことだというフレーズを、とある書籍を読んでいた際に見つけました。本当にその通りだなと思います。
そして、この記事を書いていて改めて、人生って何が起きるかわからないなーと実感させられました。
たくさんの“ご縁”や“経験”を通じて、自分らしく、生涯続けていきたいと思える仕事に出会うことができたからです。
フリーランスデザイナーとして活動を続け、今年(2025年)で8年目となりました。
本当にありがたいことに、これまでたくさんの温かいクライアントさまに恵まれ、今もこうしてデザインのお仕事を続けていくことができています。
実は以前、フリーランス活動の傍でWeb制作会社でのお仕事も少し経験をして、フリーランスだけでは到底辿り着けないような企業クライアントの案件を任せていただいたり、独学では知り得なかった知識や技術も習得させていただいたことで、大きくスキルアップすることができました。
そしてこれを書いている今現在も、フリーランスデザイナーとして、さまざまなデザイン案件のお仕事を進めさせていただいているところです。
…という感じで、現在に至ります。
8年目となった今は、新しい分野にもチャレンジしているのですが、このお話はここからまた更に長くなるので、またの機会にしますね笑。
実は、去年書いた記事を少しリライトしようと思っただけなのですが、気がついたらちょっとした自伝のボリュームになってしまいました笑。
でも今まで、ここまでちゃんと自分のことを掘り下げて語るということがなかったので、わたしという人物を知っていただくための良い機会ですよね。
長時間お付き合いいただき、ありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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